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休々斎竹翠紹智について

■人物像
福田氏、名は宗添、もと加賀大聖寺藩の御典医で茶堂でもあった。
宝林斎の急逝にあたり藪内家に後見人として迎えられ、休々斎竹翠と号した。
宝林斎の遺児、常弥(のちの十一代透月斎)、乙弥(のちの節庵)を養育し、
専ら家にあって稽古に熱中した。
明治11年12月1日、初めて北野天満宮神前で公開の献茶をすることになった。
休々斎は雅楽の音に合わせて献茶を行い、その点前を規定した。
以来北野天満宮の献茶は藪内家と、三千家の輪番制となり今日に至っている。