碌々斎 瑞翁宗左 について
■人物像
碌々斎は幼名を与太郎、のちに宗員を名のる。
安政二年(1855)父吸江斎の隠居に伴って十一代家元となり、宗左を名のる。
別に碧雲軒の号がある。
裏千家の玄々斎、官休庵の一指斎とも力を合わせ利休以来の家元を守るべく尽力した。
茶道の復興を目指して、社寺における献茶奉仕の道をひらき
明治十三年北野天満宮・北野御旅所において、また明恵小人六百五十年忌の献茶を
栂尾高山寺で奉仕している。これらは今日盛んに催される献茶のさきがけであった.
■時代背景
明治維新。
碌々斎 瑞翁宗左 襲名の後まもなく明治維新をむかえ、
紀州候の禄をはなれ、また茶道も衰微して,きびしい時代にあった.